リーンカーネーション・ロイド


プロローグ

 バタン!という音と共に勢いよくドアが開く、そして飛び込むように一人の青年が入ってきた。彼はすぐさま手に持っている剣を構える。
「そんなに警戒しなくてもよい。不意をつこうと思ってはおらぬし、そこまで落ちぶれてはおらぬ」
 という声が響き渡る。
「だったら姿を現したらどうだ。それとも俺が恐くて出てこれないのか?魔王ロイド!」
 彼も部屋中に響き渡るような大声で返す。
「威勢がいいな、よろしい、貴様の望みかなえてやろう」
 と言うと、声の主が姿を現す。
「これでよいかな勇者アレフ」
 男は冷ややかな笑みを浮かべると、彼は唖然とする。
「驚いているようだな、私が人間のしかもこんな若い男とは思わなかったのかな?」
「だ、黙れ!俺は平和を取り戻すため、俺を信じてついてきてくれた仲間のためにここまで来たんだ。お前が人間だろうが何だろうが関係ない!」
「仲間?貴様の後ろについていた虫ケラのことか。あんな奴らのために貴様はここまで来たというのか」
「黙れと言ったはずだ!」
「私を倒しに来たのだろう。熱くなっては私の相手は到底つとまらぬぞ」
 男は持っていた剣をスラッと抜く。「いつでもくるがよい」
「いわれなくたっていってやる!」
 彼は剣を振り上げ、男に突っ込む。気合いと共に彼は剣を振り下ろした。しかし、男はそれを軽く合わせてくる。そして余裕の笑みを浮かべて、まるで剣舞を見せるように彼の相手をする。
「期待外れもいいとこだ。勇者といってもまるでたいしたことがない。やはり虫ケラのリーダーも虫ケラか」
「だ……だまれ」
 彼は言うものの、すでに彼の全身から汗が流れてきている。
「つまらぬな、私の相手にもならぬ。そろそろ終わりにするか」
 と言うと、男は剣に力を込める。あっというまに彼の剣は宙を舞った。
「貴様も虫ケラ達の墓へ行け」
 男は狙いをつけ剣をつく。肉を引き裂く音と共に彼の腹に男の剣が突き刺さる。しかし、顔色を変えたのは男のほうであった。彼の隠し持っていた二の太刀が男の心臓を捕えたのである。
「き、貴様……わざと腹に……」
「肉を切らせてなんとかだ……。一緒に虫ケラの墓にいってもらうぜ」
 彼はニヤッと笑う。しかし彼の傷も致命傷なのだろう。二人はそのまま崩れ落ちた。
「フッ、油断が仇となったか……。どうやら私もここまでのようだな……。しかし、私は貴様と一緒になどならんぞ。私はまたこの地に現れる。別の姿となってな」
「な、なに言ってやがる。お前がそう出るんなら俺だってこの地に現れてやる。そして今度こそ決着を……」
 彼はそれ以上言葉を発することができなかった。そしてそのまま、男と共に永遠の眠りについたのである。それから百年後、物語の続きが始まる。


 彼女がその地に現れたのは、ある暖かい日のことであった。
「ついにここまでくることができたわ」
 ファースはつぶやく。「転生していたという事実を知ってはや三年、あらゆる手を尽くしたけれど見つけることができなかった……。でも、その苦労が報われる日が来たわ」
 と言うと、彼女は町へ入ろうと、第一歩を踏み出そうとする。しかし、彼女はそれをすることができなかった。突然誰かに後から押し倒されてしまったからである。
「な、何?」
 ファースが振り返ると、少女の顔が飛び込んでくる。少女は涙で潤んだ目でファースを見つめていた。
「誰、あなた」
「助けて」
「へっ?」
「お願い助けて!捕まったら殺されるの」
「殺されるって……どういうことよ」
「そ、それは……」
 少女は言葉をつまらせる。そこに少女を追ってきたのだろう。後からおばさんが走ってくる。年のせいか少々息切れをしているようだ。そして倒れてる二人の前で立ち止まる。
「あんたこいつの知り合い?」
 おばさんはぶっきらぼうに聞いてくる。ファースが軽く首を横に振ると、おばさんは鼻をフンと鳴らす。
「それじゃ、こいつを連れていってもいいんだね」
 と言うと、おばさんは少女の襟首をつかみひきずっていこうとする。
「ちょっと!乱暴にしないでよ」
 少女は抵抗するが、おばさんの力に負けてしまい、そのままズルズル引っ張られて行く。しばらくファースは呆然とその光景を眺めていた。しかし、彼女は少女に何かを感じたらしい。思わずおばさんを呼び止めてしまった。「ねえ……その娘なにをしたの?」
「なんだあんた、まだいたのかい。こいつと知り合いじゃないんだろう」
「そうだけど……」
「それじゃ関係ないだろう」
「でもその娘、さっき殺されるって言ってたわよ」
 ファースが言うと少女の顔がパッと明るくなる。
「そ、そうなの!このおばさん、私を殺そうとしているの」
「殺す?物騒なこと言うんじゃないよ。いくらたまった家賃を踏み倒そうとしたからって殺しゃしないよ」
「嘘だ!私を夕食の材料にしてやるって脅したじゃないか。生きたまま切り刻んで鍋の中にぶち込んでやるっていった」
 少女は何かを切り刻んで、どこかに放りこむジェスチャーを始める。
「それ本当?」
 ファースはおばさんを見ると、おばさんはバカらしいという顔をする。
「あのねえ、こいつの肉なんか食べたって腹こわすだけに決まっているだろう。だいたい、それじゃお金になりやしない」
「それじゃどうすんの?」
「奴隷商人に売りつけるんだよ。これでも女だからね、いい値で買ってくれるだろうよ」
「それじゃ同じだ!まだ鍋の中に放り込まれたほうがいい」
 また少女がわめき出す。
「いい加減にしな、金も払えないくせにわがままいうんじやないよ」
「いくらなの?」
「なんだい、あんた」
 おばさんはファースをにらむ。
「たまっている家賃、私が立て替えてあげる。そのかわり、この娘を自由にしてあげて」
「そういうことは、こいつのため込んだ金額を知ってから言うもんだよ」
「その娘がどれだけためているか知らないけど……」
 ファースは懐から小袋を取り出す。「この中に金貨百枚は入っているわ。それで十分足りると思うけど。いかが?」
「本物かどうか疑わしいもんだ」
 言いながらおばさんは小袋を奪い取り、本物かどうか手にとって確かめる。「まあいいだろう。金さえ払ってくれりゃ文句は言わないよ。あんたのいう通り、こいつは自由にしてやるよ」
 と言うとおばさんは、少女を無視して町の中へと消えてしまった。
「さてと……」
 ファースは少女のほうを見る。しかし、そこに少女は立っていなかった。正確に言うと、そこにへたり込んでいたのである。
「どうしたのあなた?」
「気が抜けたらお腹空いてるの思い出しちゃって……」
 少女は力なく笑ったのである。



「お金を立て替えてもらった上に、こんなご馳走まで……なんてお礼をいったらいいのか……」
 少女は涙を流しながら言う。そして、食べ物を喉につまらせ、大きく咳き込む。
「しゃべるか泣くか食べるか、どれか一つにしなさい。みっともない」
 ファースは苦笑いをする。ここは町の中にある酒場。見も知らない少女にファースがこれほどのもてなしをしたのは理由があった。
「ごちそうさま!」
 少女は満足げに腹をたたく。どこからみてもいいところのお嬢様には見えない。少なくともファースの理由とは、お金には無縁のところにあるらしい。
「それでは、さっそくだけど……」
 ファースが荷物から一本の剣を取り出すと、少女の顔が真っ青に変わる。
「わ、私お金なんて持ってなんか……」
「そんなの知ってるわ」
 ファースは何をいまさらというような顔をする。
「それじゃ身ぐるみはいで、奴隷市場へ?」
「あのおばさんと一緒にしないで。少しは人の親切を信じなさいよ」
 と言いながら、ファースは剣を少女の前に差し出すと、少女はファースと剣を交互にみる。
「いいから持ってみなさいよ。別に食いついたりしないわ」
「でも……」
 少女は渋ったが、ファースが無言でにらんでいるのに気づくと、あわてて剣を手にとった。
「どう?」
「えっ?」
「持った感想を聞いてるのよ」
「感想?ごついわりには軽い剣だけど」
「それだけ?」
「……うん」
 少女が答えると、ファースは大きなため息をこぼす。
「そう簡単にはいかなかったか……」
「あの……これはいったい…………」
「あ、気にしなくていいわよ。今のことは忘れて」
「だけど……」
「忘れろっていってるでしょう!」
 ファースが強く言うと、少女は不満の顔を見せ黙ってしまう。ファースはそれを無視すると、店の主人に声をかける。
「ねえ、ニコルっていう名前、聞いたことない?」
「ニコルさんですか?ちょっと聞いたことない名前だな。でも、この町には何千何万の人が住んでいるし、一人や二人はそんな名前がいてもおかしくないな」
「それはそうだけど……」
「私、知ってるよ!」
 という声にファースは振り向いた。そこには、さっきまでむくれていた少女の姿がある。しかし、今は得意満面な顔に変わっていた。
「ニコルでしょう。よく知ってるよ」
「ほ、本当?どこにいるの」
「ここにいるよ」
 少女は自分を指さす。「私がニコル。ニコル・バークレー」
「あなたが……」
 ファースは呆然と少女の顔をみる。しかし、次の瞬間、少女の持っている剣が目にはいり、我に返る。
「あなた、まだその剣を持ってたの?もういいわ、返して」
「えっ、これ私にくれたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょう、ずうずうしい。これは選ばれた人しか持つことができない代物なの。誰があなたにあげるものですか」
 ファースは少女から剣を奪い取る。
「へーっ、あなたもニコルっていう名前なんだ。まあ、この町には何千何万の人が住んでいるらしいし、同じ名前が復数いてもおかしくないか」
「その剣を持つべき人も、ニコルっていう名前なの?」
「そうよ。その人がこの剣を手にすると、なんらかの反応があるの。でも、あなたには何の反応も見せなかった」
「つまり、私ではないってことか。同じニコルという名前でも……」
「そういうこと。さて、出るわよニコル」
 と言うと、ファースは主人に金を渡す。
「ねえ。私も手伝わせて」
 突然、少女が切り出してきた。「私、部屋を追い出されちゃったし、やることも帰るとこもないんだ。この町に詳しいし、役に立つと思うよ」
「あなたを?確かにこの町に詳しい人を雇おうと思ってたし、別にかまわないけど……お金はあんまり出せないわよ」
「食べさせてくれればお金なんていいって。私も興味あるんだ、私と同じ名前のニコルさんに」
 少女はウインクしてみせるのだった。



「手がかりは、ニコルという名前だけか。見つけるのが大変だ」
 ニコルは考え込むような格好を見せる。ここは酒場近くの通り。二人は酒場を出ると、まず東の町付近を捜すことにしたのである。
「やっぱり、私じゃ駄目?」
「さっきもいったでしょう。剣が反応を見せるニコルを探しているの。ただのニコルはおよびじゃないわ」
「ただのニコルってのはあんまりだわ。ほかの呼び方はないの?」
 ニコルがむくれた顔を振り向かせる。「美人のニコルとか、知的なニコルとか」
「あぶないニコル!」
「あ、あぶない?いくら雇い主だからって言っていいことと悪いことが……キャッ」
 ニコルは悲鳴を上げると、尻もちをついてしまった。
「あぶないって言ったのに、よそ見して歩いてるからよ」
 ファースは澄まし顔で言う。「大丈夫?」
「大丈夫じゃない!……イタタ」
「あなたに言ってるんじゃないの」
 ファースはニコルと同じように尻もちをついてる少女に声をかける。
「大丈夫です、気にしないでください。よそ見して歩いてた私が悪いのですから」
「そ、それはこの娘に言ったのよ。気を悪くしないで」
 ファースはあわててとりつくろうが、ニコルはそれを聞いて気を悪くしたようである。ニコルは、しかめた顔を保ちながら少女のほうを見たが、次の瞬間、その顔は驚きの顔に変わった。年齢はニコルとおなじくらいだろうが、(ちなみに、ニコルの年齢は十六歳である)どこかの司祭が着る神官服を身に付けているため、少々大人っぽく見える。だが、ニコルが呆然としたのは少女が司祭だったからではない。きれいな曲線を描いている眉、大きく輝いている瞳、嫌みに感じないほどの高さの鼻、まるでつぼみのような小さな口、それらが小さい顔にこれ以上ないほどきれいにまとまっている。要するに、ニコルが呆然とするような美人だったのである。その美少女は、手探りで何かを探している。
「どうしたの?」
「近くに眼鏡が落ちてませんか?あれがないとなんにも見えないんです」
「これかな」
 ニコルは眼鏡を拾い上げ、少女に手渡す。
「ありがとうございます」
 少女はさっと眼鏡を顔にかける。「これで一安心」
 少女は笑顔を見せる。少女の美貌は、眼鏡をかけてもそれほど落ちはしなかった。逆に眼鏡のせいで知的な感じさえ受ける。「そちらの方は大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。牛に踏まれたって傷つく体じゃないって」
 なぜかファースが答える。「あなた、名前は?」
「名前……ですか?」
「突然で悪いんだけど……」
「いくらこの娘が美しいからといって、女の子ナンパするのはどうかと思うな」
 ニコルがいうと、ファースはニコルの頭をはたく。「イッターイ!本気でぶったな」
「なんで私が女の子をナンパしなきゃならないのよ。立ちのいい冗談と、悪い冗談があるわよ」
 澄まして言うと、ファースは少女のほうを見る。「別に変なこと考えているわけじゃないから安心して。私達、人捜しをしてるもんだから、もしかしたらと思って……」
「この娘が?それは、いくらなんでも無茶苦茶だよ」
「うるさいわね、私の勘は当たるのよ」
「サペリアです」
「えっ?」
 二人は少女を見る。
「サペリア・フレイズといいます。勘……当たってました?」
 少女はにっこり微笑む。
「はずれはずれ、おお外れ。残念だったね、ファースさん」
「やけに嬉しそうに見えるのは気のせいかしらニコル」
「気のせいよ。ファースさんの勘が外れてしまって悲しくて悲しくて……顔がにやけてしまう」
 ファースは、もう一度ニコルの頭をはたいた。
「イッター!またぶったな。ちょっと冗談言っただけなのに」
「あなたのは冗談になってないの」
 と言うと、また少女の方を見る。「突然、変なこと訊いちゃってごめんなさいね。私たち、まだやることがあるからこれで失礼するわ」
「人捜しですね。すぐに見つかるよう私もお祈りしてますから、がんばって下さいね」
「まかしといて」
 ファースはウインクすると、ニコルを引きずるように連れていく。
「名前教えてくれませんか?」
 少女が呼びかけると、
「ファース!」
「ニコル!」
 という、元気な声が返ってきた。
「ファースさんに、ニコルさんか」
 少女は笑みをくずさずつぶやくと、二人が人混みの中に消えるまで見送った。そして、さっと背を向ける。その時すでに、少女……いや、サペリアの顔に笑みは消えていたのである。


 サペリアはさきほどニコル達のいた酒場の前に来ると立ち止まり、さっと看板を確かめると、無言のまま中に入っていった。更に中に入ると、サペリアは周りを見る。誰かを捜していたのだろう、あるところで目の動きを止めると、そのテーブルへと歩いて行く。そこにはがらの悪そうな青年グループが座っていた。
「こんにちは」
 サペリアが声をかけると、青年達は彼女に気づく。
「なんだ?俺達に何のようだ」
「お訊きしたいことがあるのですが」
「訊きたいこと?なんでも訊いてくれ。美人にはなんでも答えてやる」
「それは光栄です。実はフラットさんという方が、ここによく来ると伺ったのですが」
「フラット兄貴は今日は来ないぜ。兄貴に用があるなら俺が聞いてやる。何せ俺は兄貴の一の弟分だからな」
「なに言ってやがる!俺が一の弟分だ」
 二人は口論を始めようとする。
「とりあえず今は二人とも一の弟分でかまいませんから、あなた方お二人にお訊きいたします」
 サペリアは軽く青年達を押さえ込む。「フラットさんがリーンカーネーション・ロイド(魔王ロイドの転生した者)だという噂は本当なのですか?」
 サペリアがいうと、青年達は彼女をにらんだ。
「お前、どこでそのことを……」
「この町では有名な話です。それでは本当なのですね?」
「公然の秘密か……。確かにお前のいう通りだ。だがなぜ、そんなことを訊く?てめえ何者だ」
「リーンカーネーション・ロイドを、つまり、フラットさんを捜している者と言っておきましょう。フラットさんの居場所を知りたいのですが」
「兄貴の居場所?」
「一度お会いしたい。いえ、フラットさんが私に会うべき人なのです」
「しかし、兄貴は神出鬼没だからな、居場所というのは……」
「では、お会いしたらここに来るように伝えといて下さい。私はこの宿にいますから」
 サペリアは宿の名前が書いてある紙を渡し、頭を軽く下げる。
「それでは、私はこれで……」
「なんだ、もう行っちまうのか」
「ええ、他にも心当たりがありますので」
「そんなつれないこと言わねえで、ちょっと俺達につきあってきな。兄貴にはちゃんと言っておくからよ」
 青年はサペリアの肩をつかむ。
「丁重にお断りしておきますわ」
「せっかく誘いを断らねえほうがいいぜ」
「あまりしつこいと、怪我いたしますよ」
 と言うと、微笑みながらサペリアは彼の胸に手をあてる。突然、彼の体が中を舞い壁に激突した。そしてサペリアは、それを見て唖然としている青年達を見る。
「それでは、さきほどの件よろしくお願いいたします」
 サペリアはまた軽く頭を下げ、酒場を後にするのだった。


「ニコル!」
 という声に、ニコルは目を向ける。声の主はファースと同じ位の年の青年であった。
「フラットじゃない!久しぶりだねー」
「なにのんきなこと言ってんだ。お前の家に行ったら空き家になってるじゃないか。お前の友達とか心配してたぞ」
「はずかしながら、家賃滞納で追い出されちゃったんだ」
「それなら俺のうちに来ればよかったじゃねえか」
「そうしようと思ってたんだけど、途中で大家さんに捕まっちゃって、奴隷商人に売られそうになったの」
「あの大家もとんでもねえこと考えるな。それで、今はこのおばさんの召使いか」
 フラットはファースを指さすと、ファースの眉が動く。
「ちがうよ。途中、この人に家賃を立て替えてもらったの」
「よくそんな金を出せたもんだ。大方にせ金だったんだろう」
「なかなか面白い発想をしてくれるわね」
 ファースは二人の会話に割り込んできた。「初対面の人に、そこまで言われたくはないわね」
「あんたがそんなお人好しに見えないもんでね。たとえにせ金でも、助けてもらったことには変わらない。とりあえず、礼は言っとくぜ。おばさん」
「今言ったこと、すぐ訂正することをお勧めするわ。それとも、少し痛い目にあうのがお望み?」
「なんだ?にせ金と言われて怒ったか。痛い目にあわせられるもんならあわせてみな、俺は訂正する気なんざ持っちゃいないぜ」
「私もそっちを選んでもらって嬉しいわ」
 ファースは微笑みながらいうと、両手を前に構える。すると、ファースの手からオレンジ色のボールが現れ、まるで何かに弾かれたように、それが飛び出した。フラットは、まさかの不意討ちをまともにうけ、そのまま向こうの壁に激突する。ファースは後頭部をさすりながら痛がっているフラットの前に立つと、グイッと、胸ぐらをつかむ。
「訂正する気になった?」
「わかったよ。ニコルに立て替えてやったお金はにせ金じゃない」
「そっちじゃないわよ。おばさんと言ったことをよ」
「だっておばさんじゃねえか!」
「どうやらもう一発くらいたいようね」
「お姉様許して!」
「まあ、いいでしょう」
 と言うと、ファースは手を離す。そこに、さっきのやりとりを呆然と見ていたニコルが走ってきた。
「ファースさん、今のは……」
「初級魔法よ。たいした威力はないわ」
「あんた魔法使いだったのか」
「あんた?」
「いえ……お姉様」
「あなたがいうと気持ち悪いわ。ファースさんっていいなさい」
「わかったよ。それにしてもすごいな、魔法なんて初めてみたぜ」
「まあ、今は魔法を使える人間が少ないからね。特に、私位の才能を持っている魔法使いなんか他にいるかどうか」
「ははっ……。それはすごいな」
 二人は苦笑いをする。
「その魔法使いのファースさんが、なんでただの小娘を助けたんだ?」
「ただのとは失礼ね」
 今度はニコルがムッとする。
「どう考えたっておかしいぜ。奴隷にしたって、余り役に立ちそうにないのに、何か裏があるとしか思えないぜ。魔法の実験にでも使うのか?」
「勘が外れちゃったのよね」
 ファースは溜め息をつく。「この町に来て、人捜しを始めようと思った瞬間の出来事だったでしょう。運命的な出会いに感じてしまったのよ」
「私のときも勘だったの?」
「当たり前でしょう。そうじゃなきゃ、なんであなたみたいな小娘なんかを助けるもんですか」
 と言うと、ファースはそれに同意したフラットと一緒に笑う。
「なーんだ、それじゃあファースさんの勘なんて全然当てにならないね」
 ニコルは冷ややかな目をファースにむける。「私のときといい、さっきの女の子のときといい、外れてばっかり。これからその勘、逆利用したほうがいいんじゃない」
「逆利用……?」
「ファースさんがこの人だと思った人から外していくの。そのほうが早く見つかるって」
「言わせておけば、ずいぶんおもしろいこと言ってくれるわね。その勘が外れたおかげで奴隷にならなくてすんだくせに」
「待て待て、二人とも止めろって。なんとなくわかったから」
 フラットは二人が口喧嘩を始めるのを阻止した。
「つまり、ファースさんが人捜しをしていて、間違ってこいつを助けたってことだろう」
「まあ、そんなところね」
 ファースがうなずく。
「で、誰を捜してるんだ?ニコルを助けてくれた礼だ、俺も手伝うぜ」
「ニコルよ」
「えっ?」
「ニコルっていう人を捜しているのよ」
「ニコルならここにいるじゃねえか」
 フラットはニコルを指さす。
「だから、私は間違いだって」
「違うニコルを捜しているのよ。あなた、この娘以外のニコルって名前の人知らない?」
「ニコルねぇ……」
「そうだよ、フラットって、結構いろんな女の子に手を出してたじゃない」
「お前も失礼な奴だな。俺は手を出したことなんかないぞ、向こうからよってきたんだ。まあ、その中にもニコルって名前はいなかったけどな」
「本当?嘘ついてもためになんないよ」
「嘘なんかつく理由なんてねえよ。そんな名前の女がいたら、おもしろがってお前に話してるだろう」
「そういえばそうだね」
「だいたい、ニコルなんて名前の女にろくな奴なんかいないんだ。まず、俺の好みから外れるね」
「それどういうこと?」
「お前がいい見本じゃないか。俺がお前を口説いたことがあったか?ないよな。こんな奴隷にしても売れ残りそうな女、誰が欲しがるか」
 と言うと、フラットはケタケタ笑う。
「……ファースさん、魔法一発お願いできます?」
「やってあげる」
 ファースはフラットに微笑みかける。
「わっ、ちょっと待て、訂正するから許してお姉様」
 フラットはあわてて手を振るが既に遅し、またもやエナジー・ボルトをまともにうけ、逆側の壁に激突した。
「洒落になんねーぞ。俺を殺す気か!」
 と言うと、立ち上がってニコルに詰め寄った。
「これ位で死ぬような男じゃないでしょう!それよりも、深い傷を受けた私の乙女心をどうやって癒せばいいのか……そっちのほうが重要」
「けっ、なにが乙女心だそんなもん唾でもつけとけ」
「ファースさーん……。」
 ニコルはファースを見る。
「初級魔法だからって簡単に使わせないでよ。結構疲れるのよ、これ」
「そうだ、人に頼るな。自分の力でかかってこいよな」
「あなたもその口の悪さ直したほうがいいわよ、せっかく顔がまともなんだから」
「そうか?やっぱり俺の魅力を理解してくれる人間は一味違う。愛してるぜ、ファースさん」
「お世辞はいいから、人捜しのほうよろしく頼むわよ」
「まかしとけって。これでも人脈は広いんだ、すぐに吉報もってくるぜ」
 と言うと、フラットは町の奥へと走っていった。
「ファースさん、あんなの好みなの?」
「あら、気になるの?」
「いえ、趣味が悪いなと思って」
 ニコルは変なものを見るような顔をする。
「そうね、悪くないんじゃない。かわいいもんだわ」
 ファースは言ったのだった。


「あー疲れた」
 ファースは言うと、自分の肩を叩く。
「結局、手がかりも見つからなかったね」
 ニコルもテーブルに顔をつける。ここは宿屋にある食堂。一階に食堂とロビーがあり、二階と三階が寝泊まりする部屋になっている。今日は人捜しを一時中断し、休むことにしたのである。家を追われたニコルも、ここで寝泊まりすることになったのだが、今のニコルにそれを喜ぶ元気すら残ってはいなかった。ファースも同じ位に疲れてしまい、外に食べに行こうなんて考えるだけでも恐ろしかったらしい。仕方なく二人は下の食堂ですますことにしたのである。
「手がかりすら見つからないのに、変な奴ばかり引っかかるし……。前途多難もいいところだわ」
「それって、フラットのこと?」
「あなたも入ってるわよ」
「ひっどーい、私がファースさんのために、今まで尽くしてきたのはなんだったの」
 しかし、テーブルに突っ伏したまま力なく言ったので、全然迫力がない。「今日会ったばかりの奴が、偉そうなこと言うんじゃないわよ。私に助けてもらった恩返しと思えば安いもんだわ」
 こちらも同様である。
「確かに、ファースさんのおかげで助かったのは事実だけど、ちょっとしつこすぎる。今日だけで何回そのことを言われたか、あんまり言うと、感謝の念が薄れてくるよ」
「事実なんだから何回言ったってかまわないでしょう。あんまりうるさいと夕食抜きにするわよ」
「それは困るわ。感謝してます、だから夕食抜きだけは許して」
「いいわ、許してあげる」
 話が終わると、二人は大きくため息をした。どうやら話すことすら億劫に感じたらしい。元気なときでは逆鱗に触れるような口喧嘩も、夕食抜きという必殺の言葉で幕を閉じ、二人はそのまま食事が運ばれてくるのを待ったのである。しかし、そんな二人に話しかけてくるものがいた。
「ファースさんに、ニコルさんじゃないですか!」
 という声にファースはトロンとした目を向ける。ニコルは既に顔を上げる気さえない。
「……どなた?」
「もう忘れちゃったんですか?昼間会ったばかりじゃないですか」
「そうはいっても、昼間何人の人に会ったか覚えてすらいないのに」
「私ですよ。昼間ニコルさんとぶつかって尻もちをついた……」
「尻もち?そんなことあったっけ……。あ、サペリアさんじゃない!」
 ファースは顔を明るくさせる。
「そうです、サペリアです。思い出してもらえて光栄ですわ」
「そんな光栄だなんて、こっちがなかなか思い出さないほうが失礼なのに、ほら、ニコルも起きろ、失礼じゃない」
 ファースはニコルを無理矢理起こす。
「どうも、サペリアさん。久しぶり……」
 ニコルはまたテーブルに突っ伏す。
「こら、また寝る奴があるか」
「あ、いいんですよ。疲れているのならそのままにしてあげてください」
「でも……」
「それより、お食事ご一緒してもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ、汚いところですけど、それでよろしければ」
 それは店の人に失礼である。
「それじゃ、失礼いたします」
 サペリアは空いた席に座る。
「捜してた人見つかりました?」
「全然、手がかりすら掴めないわ」
「そうですか、私も手が空いたらお手伝いしたいのですが」
「そういえば、サペリアさんて、この街の人じゃないんだね」
「えっ、どうしてですか?」
「この町に住んでいる人が宿の食堂に顔出すわけないでしょう」
「そうとは限りませんよ。例えば、ここで待ち合わせをしたために、ここに来る人だっていますもの」
「あ、そういうこともあるか」
 ファースは納得した顔をみせると、サペリアはクスッと笑う。
「でも、ファースさんが言ったことは当たっています。私はこの町の人ではありませんからね」
「やっぱり?そうじゃないかと思ったんだ。会ったときから、この町の人間とはどこか違う雰囲気持ってたもの」
「雰囲気ですか?」
「そう、私の運が悪いのかも知れないけど、知り合う奴知り合う奴、みんなどこか抜けてるのよね。特にこいつ、一体何を考えてんだか」
 ファースはニコルの頭を軽くこづく。しかし、ニコルは反撃する元気もないようだ。
「ニコルさんがですか?一緒にいるとおもしろそうな感じがしますけど」
「感じがするだけ、このままいると胃に穴があきそうになるわ」
「それは言い過ぎですよ」
「そうかもしれないけど……。ところでさっき、この街の人間じゃないと言ったよね」
「ええ、言いました」
「なんでこの町に来たの?やっぱり、その服装からして布教が目的」
 ファースはサペリアの神官服を指す。
「これですか?確かに、私は司祭という立場上この服を着ていますけど、布教がこの町に来た目的ではありません」
「じゃあ、何のために」
「私も人を捜しているんですの」
「へぇー、私と同じか。それなら私も手伝ってあげるわ。一人捜すのも、二人捜すのも変わらないし」
「ご好意は嬉しいのですが……」
「なんで?私の一緒に捜せって、言ってるわけじゃないのよ」
「いえ、そういうわけでわありません。私のほうはもう、目星がついているのです。それに、あなた達を巻き込むわけには……」
「巻き込むって?」
「あ、今のは何でもありません。気にしないでください」
「言いたくなければ、言わなくてもいいけど。危ないことに突っ込んでいることは分かったわ。くれぐれも無理だけはしないでね」
「心得ております」
「来たっ!」
 突然ニコルが起き上がったので、二人は目を見張った。
「どうしたの突然。起き上がる元気さえなかったくせに」
「突然ローストチキンが大軍で襲ってきたから……」
「また変な夢を……」
 ファースが顔を押さえる。そこに、頼んだ料理が運ばれてきた。
「うそ……」
「やった!正夢だ」
 と言うと、ニコルは薄く切ったローストチキンにかじりつく。
「ね、こういう娘なのよ。ホント、胃に穴があきそう」
 ファースは溜め息をついたのだった。


 その日の真夜中。寝静まっていた宿の中が騒がしく感じ、ファースは目を覚ました。ニコルは昼間の疲れのせいか、それともただ単に神経が図太いだけなのか、熟睡しているため起きる気配がない。
「何かしら……。こんな夜中に?」
 ファースはつぶやきながら明かりをつける。耳を澄ますと、誰かが部屋の前に来た気配を感じる。次の瞬間、ドアが蹴破られると、呆然としているファースの前に黒い覆面を被った二人の男が入ってきた。
「若い女をみつけたぜ」
「あまり美人じゃないな」
 男達は勝手に品定めを始める。
「何なのあなた達。部屋に押し入るなり失礼ね」
 ファースは反論するが、男達はそんなことに耳を貸さない。
「美人じゃなくたっていいんだよ。宿にいる若い女を全員かっさらえばいいんだからな」
「そうだな、それに俺は別に美人じゃなくてもかまわない」
「同感だ、俺も女なら好き嫌いはないぜ」
 というと、男達はファースに近づいてくる。しかし、ファースはベットに座ったまま男達をにらむ。
「状況がよく呑み込めないけど……。狼籍や、私に対しての失言の数々、それなりの覚悟をしたほうがいいわよ」
 というと、ファースは手を前に構える。しかし、片方の男がファースの言葉を無視して襲いかかる。
「お前みたいな女に何ができる。せいぜいかわいい悲鳴を上げるんだな」
「悲鳴を上げるのはあなたよ」
 ファースはすらっと言うと、エナジー・ボルトを男にめがけて打つ。昼間フラットに打ったものとは威力が違った。それをまともに受けた男は、壁に激突すると痛さのあまり悲鳴を上げる。
「男の悲鳴なんて聞き苦しいだけだわ」
 というと、ファースはもう片方の男を冷ややかな目で見る。「次はあなたがお相手してくださるのかしら?」
「い、いや、遠慮する」
 男は激しく首を振ると、倒れてる仲間を見捨てて一目散に部屋を出て行ってしまった。
「なんだ、根性ないわね」
 というと、ファースは倒れている覆面男をみる。既に悲鳴は上げていないが、痛さのあまり呻いている。ファースはベッドから出ると、男の脇腹に無情の蹴りをいれる。
「あなたもピーピーうるさいわね。男なら少しくらい我慢しなさい。さて、何から訊いてやろうかしら」
「キャー。だ、誰かきてー」
 突然、ほかの部屋から女性の悲鳴が上がり、ファースはその方向に顔を向ける。そして、さっきの男達の会話が頭をよぎった。(この宿の若い女を全員さらう、確かそんなことをこの覆面男は言ってた)
「面白そうな企画ね。全力で阻止してやろうじゃないの」
 というと、ファースは廊下に走り出る。既に宿の中はパニックに陥っていた。さっきの悲鳴が上がった部屋からだろうか、女の子が覆面男に引きずり出されようとしている。とっさにファースはエナジー・ボルトの構えをみせる。しかし、この位置では女の子にも当たってしまうことに気づき、打つことができない。どうしようか迷っていると、男がこっちに吹き飛んでくる。
「な、なに……」
 ファースがつぶやく。男は天上に激突し、ファースの手前で自然落下して床に落ちる。ファースが唖然としていると、奥からサペリアが走ってきた。
「ファースさん!だ、大丈夫でしたか、当たりませんでした?」
「当たらなかったけど……。これ、サペリアさんがやったの?」
 ファースはその場で伸びている男を指す。
「ええ、そうですけど」
「すごいわねー。司祭様ってみんなこんなことできるの?」
「いえ、そういうわけでは……。そ、そんなこと言ってる場合じゃありませんよ」
「そうだ、早くしないと覆面男達に女の子がみんなさらわれちゃうわ」
「え、それはどういう……」
「私だって分からないわよ。とにかく究明は後、サペリアさんさっきの力でほかの娘達を覆面男達から守ってあげて」
「でも、ファースさんは?」
「言わなかったっけ?私これでも魔法が使えるのよ。私がここをやるから、サペリアさんは二階をお願い」
「承知しました」
 というと、サペリアは二階階段を走り下りていく。それを見届けたファースは、さっき悲鳴を上げていた女の子に走り寄る。
「もう大丈夫よ。何もされなかった?」
「は、はい。大丈夫です」
「それじゃ、自分の部屋に入ってなさい。私がいいって言うまで部屋を出ては駄目よ」
 ファースがいうと、女の子は小さくうなずく。
「ドアも開けちゃ駄目。そうね、合い言葉は……マグナス・コルネッド。あなたがマグナスと言ったら、私はコルネッドって言うから、そうしたらドアを開けて」
「マグナス・コルネッド……?」
「私のご先祖様の名前よ。わかったらさっさと行く!」
 ファースが女の子の背中をたたくと、女の子は一目散に自分の部屋に入って行った。すると、下の階からドシンという音が響いてくる。
「下はもう始まったか……。さてと、私も始めるか」
 と言うと、ファースも騒ぎになっている部屋へ向かっていったのだった。


 サペリアは階段を駆け降りると、手前のドアを蹴破ろうとしている覆面男を発見した。男の方はまだサペリアに気づいてはいない。サペリアは男に走り寄り、肩を叩くと、やっとサペリアの存在に気づく。
「なんだお前……」
「それは、こっちのセリフです」
 サペリアは微笑みながら男の胸に手を当てる。次の瞬間、男は吹き飛ぶとドアを破壊し、そのまま部屋に突っ込んでいく。部屋の中で悲鳴が上がる。
「……少し飛ばす方向を考えるべきですね」
 サペリアは苦笑いをしていると、今の衝撃を変に思ったのだろう、ほかの部屋から覆面男が出てくる。
(右に三人、左に二人か、たいしたことないですね)
 サペリアはそう判断すると、右にダッシュする。さっきの衝撃が何だったのかも理解していない男達は、完全に不意をつかれた。サペリアは、一番手前の男に手を当てると、次に近かった男に向かって吹き飛ばす。鈍い音とともに、二人は崩れ落ちる。サペリアはその様子には目もくれず、唖然としている三人目を吹き飛ばした。三人がのびているのを確認すると、左手の方を見る。
「て、てめえ……」
 向こう側にいた男達は、やっと状況を理解すると、持っていた剣を抜き、サペリアに襲いかかる。しかし二対一とはいえ、サペリアにとってそれは不利とは感じなかったらしい。覆面男達の剣をかわしつつ、一人づつ衝撃波を当て、軽くかたづけた。
「本当にたいしたことないのですね」
 サペリアは物足りない顔をしていると、
「女のくせに兵隊五人を相手に勝つとは無茶なことをするぜ」
 と言いながら、奥の部屋から別の覆面男が現れた。
「その言い方からすると、あなたがこの騒ぎの首謀者のようですね」
「その通り、これは俺が仕組んだことだ」
「何のためですの?」
「てめえのためだ」
「私の……ですか?」
 サペリアは自分を指さす。
「そうだ。てめえをさらうために兵隊を集めたんだ。だが、これだけの人数を集めるには、それなりの報酬が必要だ」
「それで、他の女の子も……」
「この報酬は利いたぜ、参加者が予想以上に集まっちまったぜ」
「でも、失敗のようですね。動けるのは、あなただけみたいですし」
「参加者多数と言っただろう」
 男は手を口に当て口笛を吹く。すると、にわかに宿の周りがざわつきはじめる。
「後からいくらでも来るぜ」
「こんな騒ぎを起こしていると、警備兵が来ますよ」
「安心しな、兄貴はこの町の裏の世界の実権を握っているんだ。これ位の騒ぎ、俺でもすぐ揉み消せるぜ」
「兄貴?……なるほど、やっと正体がわかりました。あなた、フラットさんの関係の人。それも、昼間私が衝撃波をぶつけた男の人ですね」
「フン、やっとわかったか」
「いままでも結構恨まれることをしてきたせいで、どのお礼参りか模索していたのです。それで、私をさらうというのはフラットさんの命令ですの?」
「いや、俺の勝手な行動よ。兄貴の耳に入れるまでもない」
「それを聞いて安心しました。それならフラットさんを見損なわなくて済みそうです。それに、フラットさんの命令でなければ、あなたの思い通りにならなくても良さそうですし」
「嫌でも従ってもらうぜ、どうやら次の奴らが来たようだぜ」
 男がいってると、十人以上の覆面男達が階段を駆け登ってきた。
「この人数を相手にしてみるか?」
「ご安心を。私も少し本気を出させてもらいますから」
 サペリアは顔色一つも変えずに言うと、握り締めた右手を前に出す。すると右手が光に包まれ、そこから光の棒が伸びる。光が消えるとサペリアの右手には、一本の剣が握られていた。
「死人が出たら、町長さんにもみ消すように言ってくださいます?」
「ほざけ!こんなこけ脅しに怯むんじゃねえ。てめえら、やっちまえ。」
 その言葉に刺激されたのか、全員でサペリアに襲いかかろうとする。しかし次の瞬間、思いがけないことが起こった。突然、天上から人が落ちてきて、覆面男達の数人がそれに押しつぶされ、全員の動きを止めた。
「こ、こいつは……」
 男は自分の部下の上で伸びている覆面男を見て絶句する。
「ごっめーん。当たらなかった?」
 天上に空いた大穴から、のんきな声とともにファースの顔が現れる。
「ファースさん!」
「あら、まだやってたの?こっちは今ので終わったってのに」
「そうですか……。ご苦労様です」
「ところで、剣なんか持ちだして、手こずってるようだけど、なんか手伝ってほしいことがあるんじゃないの?」
「いえいえ、ファースさんにこれ以上甘えるわけには……」
「なに殊勝なこと言ってんの、人さらい相手にノルマはないわ。いいから私にもやらせなさいって」
 ファースはヒョイと下の階に飛び降りる。「あら、こっちのほうが数が多いのね。手こずるわけだわ」
「てめえらびびってんじゃねえ!たかが女二人だ」
 男が声を上げると、唖然としていた覆面男達は我を取り戻し、再び襲いかかってきた。
「女二人ってのは当たってるけど……」
 ファースは手を前に構えると、オレンジ色のボールが現れる。
「たかがというのは、語弊がありますね」
 サペリアが剣をひと振りさせる。次の瞬間、ファースの手からエナジー・ボルトが、サペリアの剣から衝撃波が発射され、覆面男達を襲う。二つのパワーは、宿屋の外壁ごと数人の覆面男を吹き飛ばした。
「その剣、すごい威力あるわね」
「ファースさんの魔法の方がすごいですよ」
 残った覆面男達はあまりの出来事に動きを止めたが、やっと力の違いに気づいたのだろう。
「お、俺一抜けた」
 一人がいうと他の覆面男もつられるように逃げ始める。だが、それを止める者がいた。
「な、なんだ。どけよ」
 覆面男が言う。
「そうはいくか、女の子達ががんばって、俺の娘を守ってくれたんだ。ここで父親がなにもしないわけにはいかん」
 中年男性は両手を広げ通せんぼをする。
「お前一人で何ができる。殺されたくなきゃそこをどきな」
「一人じゃないぜ。俺だって危うく殺されて、恋人をさらわれそうになったところを助けてもらったんだ。俺もやるぜ」
 次々と、階段付近に宿にいた男達が集まる。そして、焦っている覆面男達に、一斉に襲いかかった。
「これであなたの計画も終わりですね」
「く、くっそー!これで勝ったと思うなよ」
 と言うと、男は奥の部屋に走り出した。確かにこの男にとって二階の窓から飛び降りるのは造作もないこと、懸命な判断である。
「負け惜しみにしか聞こえないわよ」
 ファースが舌を出してバカにしたが、サペリアは違った。すぐに男の後を追って走り出したのである。
「ちょっとサペリアさん、なにする気?」
 ファースもすぐに後を追う。しかし、すでに遅かった。ファースがサペリアを追いかけて、部屋に駆け込んだ時、サペリアの剣は男の心臓を背中から貫いていたのである。
「サ、サペリアさん。そんな逃げている人を殺さなくても……」
「そうはいきません。人をまるで物のようにしか考えない、部下を平気で見捨てて逃げる様な人間に生きている資格などありません」
 ファースの方に向けたサペリアの顔には冷たい笑みが浮かんでいるのだった。


「じゃあ、本当に女の子をさらえとしか言われなかったのね」
 ファースは覆面男、いや、すでに捕まって縛られて、覆面をとられた男達に凄んだ。
「そ、そうだよ。俺はただこれに参加すれば女が貰えるってきいたから」
「それだけの目的だけでこの宿だけを襲うなんて……。誰か目当ての娘がいたんじゃないの?」
「そんなの知らねえよ。この宿を襲うことすら寸前まで知らなかったのに。こんな恐いねえちゃんがいると知ってたら誰がこんな宿を襲うもんか」
 男がわめく。
「手がかりなしか。今から泊まっている人、全員の身元を訊き出すわけにも行かないし」
「ファースさん。とりあえず被害が大きかったわけじゃないし、別にそこまで調べる必要はないんじゃありませんの?」
 ちなみにサペリアのいうここでの被害とはファースの開けた天上の穴と、二人が開けた外壁の穴のことを指している。ファースとサペリアの行動が早かったため女の子達は、全員無事であったのである。
「そうはいっても、これだけの騒ぎがあったのよ。警備兵が来たときにちゃんと説明できるようにしておかないと……」
「その点は大丈夫です。なんでも偉い人が後ろ楯していて、今日の騒ぎには警備兵も耳を塞いでいるということですの」
「本当?それじゃこいつら警備兵に突き出しても意味ないわね」
「そういうことです。それにこの人達も、襲わないと言っているし許してあげては……」
「よっ、おねえちゃんいいこというねえ」
 にわかに男達が騒ぎ出す。
「あんた達はだまってなさい!サペリアさん。それ本気で言ってんの」
「そうですよ。警備兵に突き出すことができない以上、裁く人がいない訳ですし、だからといって、私たちがやってしまったら、それこそリンチになってしまって、私たちが警備兵に捕まってしまいますもの。罪を憎んで人を憎まずという言葉がありますし、あの人たちも衝動的に起こした行動のようですし、ここは寛大な心を持って……」
「罪を憎んで人を憎まずね。とても、さっきためらわず人を殺した人間の言葉とは思えないわ」
「ファースさん。何をブツブツ言っているのですの」
「あっ、いえ、何でもないわ。お話を続けていいわよ」
「そうですか、とにかく私は許してあげようと思うのですが、皆さんどう思います?」
 サペリアがいうと、ロビーの中がざわつく。泊まってた人たちも、最初皆殺しにしようという過激な意見も出ていたが、時間が経って冷静になってきたらしい。
「娘がさらわれずに済んだのも、あなた達のおかげだし、司祭様のいうことだ。俺はそれに従うよ」
 一人がいうと、他の人たちも同意見を述べる。
「ファースさんの意見は?」
「わかったわよ。他の人たちがそれでいいのなら、私の反対する理由はないわ。よかったわねあんた達、許してくれるってさ」
 ファースがいうと、男達が歓喜の声をあげる。
「そのかわり、あなた達の顔はしっかり覚えさせてもらったからね。今度こういうことをするんなら、命を捨てる覚悟できなさいよ」
「もちろん、もうする気はねえよ。それどころか、今度は俺達がこの宿に強盗が入らねえよう目を見張ってやるぜ」
「別にそんなことしなくても……」
「まあ、いいじゃないですか」
 サペリアは一人で納得する。「みなさん。彼らも自分達の犯した罪を償いたいみたいです。彼らに見張りをお願いしてもよろしいですか?」
「見張りをつけることは賛成だけどさ……」
 客の一人が意見を言う。「こいつら本当に信用できるかね。又、襲って来るとも限らないし」
「それは、大丈夫です。この人達だって、同じ過ちを繰り返したらどうなるかぐらいわかっているはずです。そうですね」
 サペリアが、男達に微笑みかけると、さっき、自分達の兄貴分が彼女に殺されたのを知っているせいか、全員首を大きく縦に振る。
「私が責任を持って、そのようなことは絶対起こさせません」
「そこまで言うなら信用しないわけにはいかないか。みんなもいいか?」
 彼が言うと、多少ざわつきながらも、みんな納得したようである。
「それじゃ、俺は寝かせてもらうぜ。夜中に叩き起こされたから眠くて眠くて……」
「どうぞ、安心してお眠り下さい」
 サペリアが丁寧に言うと、彼を先頭に宿泊客達は自分達の部屋へと帰っていった。サペリアはそれを見届けていると、ファースが声をかけてくる。
「司祭様の見事なお裁き、ご苦労様」
「茶化さないでください。これでもどうすれば一番良いか一生懸命考えたんです。この宿に泊まっている人達を犯罪者にはしたくありませんからね」
「あくまで加害者にはならないね……。でも本人が加害者になってちゃ、しょうがないんじゃない?」
「そ、それは……」
「確かにあの男の考え方や行動は許し難いものがあったけど。生かしておけば、なぜこの宿を襲ったのか分かったのかもしれないのに。それとも、しゃべられると何か不都合があったのかしら」
 ファースがいうと、サペリアは彼女を軽くにらんだ。
「……ファースさん。もう、知っているんじゃないんですか?」
「何を?」
「とぼけないでください。ファースさんの現れるタイミングが、あまりにもよすぎました。それに、私があれだけの人数に囲まれてても心配そうな素振りさえみせないんですもの」
「単なる偶然……といっても信用しないか。確かに話を立ち聞きさせてもらったわ。三階でまだ元気だった覆面男は、二人しかいなかったからね。軽くかたづけた後で、下の様子を探ってたら会話が聞こえてきたのよ」
「いつから聞いていたんですか?」
「いつからだと思う?」
 ファースは逆に訊いてくる。サペリアは小さいため息をつく。
「どうやら、私の旅の目的を話すしかないようですね。ファースさんや、ニコルさんを巻き込みたくなかったんですが……。ニコルさん!」
 突然、サペリアは顔を青くさせる。「ファースさん!ニコルさんは?」
「えっ?」
「私、あの騒ぎの間ニコルさんの姿を一回も見た覚えがないんですけど」
「そういえば、部屋を出てから一度も……」
「もしかしてさらわれたんじゃ……」
「ニコルに限って……大いにありうる。」
 ファースもやっと顔を青くさせる。「ちょっと、部屋を見てくる」
「私も行きます」
 二人は階段を駆け上がっていくと、ロビーの中が静かになった。
「あの司祭なんかすごいことをしてるみたいだな」
「よせよせ、変に探ったりすると、兄貴みたく殺されちまうぞ」
「それよりも、俺達いつになったら、この縄解いてもらえるんだろうな」
「あの二人、完全に俺達の存在忘れてたもんね」
 というと、青年達は一斉に大きくため息をついたのだった。

10
「ニコル!」
 ファースはすごい勢いでドアを開けると、部屋に駆け込む。次の瞬間、中の様子を見た彼女は、あまりのことに力が抜けたのだろう。派手な音を立てながら、その場に倒れた。
「ど、どうしました?ファースさ……ん」
 入ってきたサペリアも唖然とする。それもそのはず、ニコルは確かに部屋にいた。しかし、彼女は毛布で頭を包ませ、足だけを出した状態で寝ていたのである。
「あはっ……あはは。あの騒ぎの間、ずっと寝てたなんて……」
 ファースは変な笑い方をしながら、ニコルの寝ているベッドにすりよる。
「あの……ファースさん」
 サペリアは心配そうな顔をする。ニコルのことよりも、ファースがどこかに頭をぶつけたのではないかと、心配なのである。サペリアがファースの肩にさわろうとすると、突然彼女は立ち上がる。そして、力にまかせてニコルの毛布をはいだ。ニコルは勢いがつきすぎて、ベッドから投げ出され壁に激突する。
「イタタ……もう朝?」
「朝はまだ先よ」
「そう、じゃあお休み」
 いうとニコルは、また寝てしまう。
「なかなかしぶといですね」
 サペリアは苦笑いをする。「まあ、いいじゃないですか。とりあえず無事が確認できたわけだし」
「全く、こいつには警戒心なんてものが存在しているのかしら……。あれっ?」
 ファースが何かを思い出そうとしている。
「どうしたのですか?」
「そこら辺に、覆面男が転がってない?サペリアさんに会う前に、この部屋で一人倒したはずなんだけど……」
「見当たりませんね。逃げたのではないのですか?」
「ここは三階よ。逃げるには階段を使わないと無理よ」
「そうでもないようですよ」
 と言うと、サペリアは窓を指さす。窓にはファースが使っていたシーツが結ばれていた。ファースが窓の下を覗くと、更に毛布が結ばれていて、二階の窓辺りまで伸びている。
「なるほどね、あそこくらいの高さなら、飛び降りても、捻挫くらいで済むものね」
「だけど、ニコルさんを一緒にさらっていくのは無理ですね」
「それはどうかな。もし、それができたとしてもこんなの連れて行こうなんて思わないんじゃない」
「それは、ニコルさんに対して失礼ですよ」
「そんなこと言って、サペリアさんも少しはそう思ったでしょう」
「そんな……ほんの少しです」
 と言うと、二人して笑った。すると突然、ニコルが立ち上がる。たった今まで悪口を言ってた二人は驚いた顔で、ニコルを見る。
「ニコルさん、ほんの少しですよ。気を悪くなさらないで……」
「待って、まだ寝ているわよこの娘。」
 確かに、耳を澄ますと、静かな寝息が聞こえてくる。
「全く、驚かせるわね」
「でも、なぜ突然立ち上がったのでしょう」
「さあ……」
 二人でニコルを観察していると、ニコルは突然窓に向かって歩き出した。
「あ、危ない」
 サペリアが止めようとする。しかし、一歩及ばなかった。ニコルは、窓枠を乗り越えると、シーツを使って降りていく。
「寝ながらあそこまでするとは、器用な奴」
「そういう問題じゃないですよ。男ならまだしも、普通の女の子があそこから飛び降りたら怪我だけじゃ済まないですよ。いや、それよりも途中で手を滑らせたら……」
 言いながら、サペリアは顔を青くさせる。「とにかく私は下に降ります。ファースさんはニコルさんの目を覚まさせてあげてください。くれぐれも刺激はしないでくださいよ」
 サペリアは部屋を飛び出る。
「どうやったら、刺激を与えずに起こせるのか教えてほしいもんだわ」
 ファースはあきれた顔をする。(そんな無茶なことを考えるより最悪の場合を考えていたほうがいいわね。傷薬くらいは用意してあげるか。確かバッグの中にあったわね。でも、今でいう最悪の場合は死ぬってことよね。それなら、傷薬も必要ないか……)
「あれ?バッグは……」
 ここでファースは、自分のバッグがないことに気づいた。そして、バッグどころか、小さい荷物が全部ないことにも気づく。それにはニコル(シーツを伝って降りているニコルではない)を見つける手がかりとなる剣も含まれている。
「まさかあの覆面男に盗まれたんじゃ……」
 ファースの顔がニコルを心配したときよりも真っ青になる。だが、オロオロしている暇はなかった。そこに突然サペリアの悲鳴が聞こえたからである。ファースが窓から下を見ると、サペリアがどこかへ行こうとしているニコルを追いかけようとしている所だった。
「待って!サペリアさん」
 と言うと、ファースは、窓から飛び降りる。しかし、ファースの体は自然落下をせず衝撃を受けない程度の速さで地面に着地した。
「ファースさん……今のは」
「私が魔法使いだってことは知ってるでしょう。それよりも、さっきの悲鳴よ。一体何があったの」
「ニコルさんも同じことをしたんですよ」
「ニコルが?」
「そうです。途中でシーツがないのに気づいたニコルさんが、突然飛び降りたんです。でも、さっきのファースさんみたいにふわっと着地すると、向こうに走っていったんです」
「そんなバカな……いや、サペリアさんがそんな嘘をつくわけないし……。と、とにかく私はニコルを追うわ。サペリアさんはここで待ってて」
「私も行きます」
「なにいってんのよ。この宿を外敵から守るんでしょう。私たちのことはいいから、ちゃんと責任持ちなさい」
「……わかりました。くれぐれも無理はしないでくださいね」
「わかった。それじゃ行ってくるね」
 というと、ファースはニコルが消えていった方向に走っていく。(剣がなくなったことと、ニコルの不可解な行動、これが偶然同時に起こったことなのかしら、もしこれが偶然じゃないのなら、いったい……)

11
「ここはどこ?私はなぜ走っているの?」
 ニコルはつぶやく。さすがに、寝ながら走るということはできなかったらしい。ニコルは、あまりの息苦しさに目を覚ましていた。「これはもしかして夢なのかしら」
 起きたらどこかに向かって走っていたなどど、夢だとしか思えないと考えてみる。しかし、この息苦しさが現実以外のなにものでもないということを教えてくれる。足を止めようとするのだが、なぜか、足を止めることができない。すでに、ニコルは、この不思議な力に反発するあきらめ、ただ、見知らぬ目的地に向かって走っているのである。
「ニコル!」
 後ろのほうから彼女の名を呼ぶ声がする。しかし、ニコルの足は相変わらず走るのをやめない。すると、声の主はニコルを追いかけてきた。どうやら彼の足の方が、ニコルよりも速かったようだ。ニコルに追いつくと、スピードを落として並んで走り続ける。
「フラット!なんでここに?」
「それはこっちが訊きたいことだ。こんな夜中になにやってんだ。しかも裸足で」
「走っているの」
「そんなの見れば分かるって。どこ行こうとしてんだ」
「私だって分からないよ。足が勝手に動いているの」
「そんな馬鹿げた話があるか。勝手に動いてんなら止めりゃいいだろう」
「止められないのよ。頭より下の体が勝手に動いているんだもの」
「だったら、俺が止めてやるよ」
「どうやって?」
「力ずくで」
「えーっ!手荒なことしないでよ」
「そんなこと、かまってられるか」
 というと、フラットは、ニコルの腕をつかもうとする。しかし、勢い良く振られていた腕は、容易につかませようとはしない。
「おい、腕振るのをやめろよ。つかめないだろう」
「だから、それすらできないんだってば」
「しょうがねえな」
 今度はフラットは左手で肩をつかむ。そして、ニコルとの距離を捕えると、右腕を腰にまわした。ニコルを完全に捕えた瞬間、フラットは全体重を自分の足にかける。靴の擦れる音が夜中の町に響いた。
「まだ、止まらねえか」
「スピードは落ちてきているよ。もう少し」
 数秒後、ニコルの動きは止まった。しかし、ちょっとでも気を抜こうものならまた走り出しかねない。それくらいの力がフラットの体にも伝わってきている。
「離さないでよ。また走り出しちゃうから」
 ニコルは肩で息をしている。
「まったく、世話やかせるぜ」
 そこに、ファースが追いついてきた。
「良かった起きたのね。寝たまま走り出すんだもの、見失ったときはどうしようかと思ってたのよ。あら、フラットもいたの?」
「ファースさん、これはどういうことだ?」
 フラットが怒り口調で訊いてくる。「ニコルが自分の体が勝手に動き出したっていうんだ」
「やっぱり、ニコルが寝惚けてたんじゃないのか……。でも、そんなこと言われたって、私だって分からないわよ」
「ファースさんが何かしたんじゃねえの?」
「なにかって?」
「ニコルを魔法実験の試験体にしたとか」
「なにくだらないこと言ってるのよ。なんで、私がそんなことしなきゃいけないのよ」
「だってそれが一番つじつまが合うぜ。少なくとも、こいつの言ってることは本当みたいだからな。こんな不思議なことできるの、ファースさんぐらいしかいないぜ」
「あのね……」
 ファースは、顔をしかめる。「なにがつじつまが合うよ。不思議なことは全部魔法のせい?笑わせんじゃないわよ。それじゃなに?雨が降るのは魔法のせい?風が吹くのは魔法のせい?」
「そこまでは、言ってねえよ」
「言ってるようなもんよ。不思議なことを、何でもかんでも魔法のせいにされたらたまんないわ。だいたい魔法は万能の力ではないのよ。それをあなた達みたいに、魔法で何でもできると思っている人がいるから……」
「分かった。文句なら後でいくらでも聞くから。それよりこれどうにかしてくれよ」
「これ……って、何を?」
「ニコルだよ。まだ止まってないんだ。このまま離したら、また走りだしちまう」
「もしかして、それ、ニコルの動きを止めていたの?」
「当たり前だろう。それ以外の何だって言うんだよ」
「たしかに言われてみればそんな感じにも見えるわね。……こんな夜中に逢い引きしてるにしては変な体制だなとは思っていたのよ」
「逢い引きって、俺がなんでこいつと逢い引きしなきゃいけないんだよ」
「別にいけなくないわよ。ただ、そうみえただけだって言ってるでしょう。そんなむきにならなくても」
「む、むきになんかなってねえ!俺は別にニコルのことなんか……」
「あなた、手を離していいの?」
「えっ?」
 フラットが自分の手を見る。ファースと話をしていて思わず離してしまったらしい。
「た、助けてー!」
 ニコルの声が響く。今までためてた力が爆発したのか、さっきフラットが追いついたときとは比べものにならないくらいの速さで町の奥へと走っていく。
「なるほど、勝手に体が動いているわ」
「のんきに納得してる場合じゃないだろう。早く追いかけないと……」
 と言うと、二人はニコルを追うべくまた走り出したのだった。

12
「全く、今日は散々な日だったぜ」
 男はつぶやいた。「兄貴公認で女をものにできるっていうから、喜んでこの話に乗ったのに、まさか魔法使いの女がいるとはな。おかげでひどい目に遭ったぜ」
「しかし、お前よくあの宿から逃げられたな。仲間はほとんど捕まったって話だし、お前も捕まったんじゃないかと心配したんだぜ」
 もうひとりの男が言う。
「へん、俺を見捨てて一人でとんずらした奴がよく言うぜ。まあ、俺も仲間達の騒ぎに乗じて逃げてきたんだけどよ」
「逃げるついでに泥棒もしてきたってわけか。お前もせこいね」
「なにいってやがる。これは、あの女にやられた傷の治療費だよ。当人がいなかったから勝手に徴収しただけだ」
 少々大きめのバッグを見せる。
「派手に痛がってた割りには、擦り傷位にしかならなかったんだろう。何が治療費だ」
「いちいちうるさい奴だな。中身を分けてやらねえぞ」
「いらねえよ。どうせ金目のものなんか入ってねえだろう」
「確かに大したものはねえけどよ。……くっそー、魔法使いの荷物なら結構いいものが入ってると思ったのに」
「あんな安宿に泊まってる奴だ。金目のものに縁があるわけねえだろう」
「で、でもな、これは結構金になるんじゃねえか?」
 男が持っていた剣を掲げてみせる。
「そうか?俺にはただの装飾が派手な剣にしか見えないぜ」
「装飾が派手だからいいんだよ。ただの剣だったらどこででも手に入るだろう。この剣みたくきれいな彫刻がしてあったり、きれいな宝石が填めてあったほうが芸術的価値があるんだよ」
 男達は話しながら剣をみている。すると、彼女の悲鳴が彼らの耳に届いてきた。
「だ、誰か助けてー!」
「なんだ?今、女の声がしたぞ」
「ほっとけよ。どうせどっかの馬鹿がどっかの馬鹿な女を襲ったんだろう。この町じゃよくあることだ」
「そうだけどよ。なんか足音がこっちに近づいてくるぜ」
「お、本当だな。それじゃ俺達がその馬鹿な女を助けてやるか」
「紳士的発想だな」
「そうよ。俺は紳士だ。もちろん俺に助けられた女は、俺のかっこよさに惚れて、俺の腕の中で眠ることになるがな」
 男は剣をもう一人の男に渡す。そして、彼女が暗闇から現れるのを待った。やがて、足音が大きくなるとともに彼女のシルエットが浮かび上がってくる。
「なんだ、ガキじゃねえか。期待して損したぜ。ま、今日はムシャクシャしてるからな、ガキでも我慢するか」
 と言うと、男は立ち塞がるように彼女の前に立った。
「助けてー。誰か止めてー」
「おう、まかせろ。俺が止めて……。えっ、止める?」
 拍子抜けしている男に、勢いがついたニコルの体当たりが決まった。バランスを崩した男が仰向けに倒れる。しかし、彼女は倒れなかった。突っ込んだ瞬間軽くジャンプをすると、一回転してきれいな着地をみせる。そして呆気にとられている、もう一人の男から剣を奪い取ると、やっと彼女の体に自由が戻ってきたのである。
「と、止まった」
 ニコルは肩で息をしながら笑みを浮かべる。すると、ニコルに体当たりをくらわされた男が背中をさすりながら起き上がってきた。
「あ、私を止めてくれた人ね。どうもありがとう」
「ありがとうじゃねえ!いきなり当て身をくらわしやがって。このおとしまえ、どうやってつけてくれるんだよ」
「おとしまえ……と言われても、私だって故意にやった訳じゃないし」
「それじゃ、その手に持ってるやつのことはどう説明するんだよ」
 男はニコルの持っている剣を指す。「人のものを盗むのが故意じゃないってのか?」
「こ、これも故意じゃない。剣なんて物騒なもの盗もうと思わないわ」
 ニコルは言うと、剣を男に返そうとする。(あれ、この剣どっかで……)
「どうした?さっさと返せよ」
「ちょっと待ってよ。この剣……ファースさんが持っていた剣じゃない。なんであなたが持っているの?」
「そんな剣どこにでもあるぜ。いいから返せよ」
「そんなことないよ。ファースさんがこれは特別な剣だっていったもの。もしかしてあなた……」
 ニコルの顔が驚きに変わる。(もしかしてこの人がリーンカーネーション・ロイド?)
 男はその表情の変化が剣を盗んだということがばれたのだと思ったのだろう。突然、ニコルに襲いかかってきた。
「こうなりゃ力ずくでも、渡してもらうぜ」
「返す!返すから意気込まなくても……」
 ニコルが慌てて剣先を男に向けたときそれは起こったのだった。

13
 暗闇に包まれた町に、音もなく閃光が走った。
「なんだ、今の光」
 フラットが声を上げる。
「ニコルが消えていった方角ね」
 ファースがつぶやいた。
「ニコルの身に何かあったんじゃ……」
「それは、わからないけど……。急いでニコルに追いついたほうがいいみたいね」
 しばらく走っていくと、二人はニコルを見つけることができた。しかし、二人はあまりのことにその場で立ち止まる。
「こ、これは……」
 フラットはそうつぶやくのがやっとだった。暗闇の中にぽつんと青白い光が浮かぶ。それは紛れもなく、ファースの持っていた剣から作られた光であった。そして、それに照らされるように、その剣を持って呆然としているニコルの姿が確認できる。
「ニコルの奴、いったいどうしちまったんだ。ファースさん!これでも魔法のせいじゃないっていうのか」
 フラットがファースに詰め寄る。しかし、ファースはフラットの質問を無視して、ゆっくりと、ニコルの方に歩いて行った。仕方なく、フラットもファースのあとに続く。現場に近づくにつれ、ニコルの周りも見えてくるようになると、腰を抜かして呆然としている男達の姿も浮かんできた。彼らも、ファース達が近づいてきたことに気付く。
「フラットの兄貴!そ、それに魔法使いも」
 彼らは頼りない声を上げる。そして、フラットの隣にいるファースの姿を見て、驚きの声を上げた。
「あれ、なんでお前達、ファースさんのこと知っているんだ?」
「いや、その……」
 彼らは口ごもる。ファースはその様子にピンときた。
「フラット、この人達とはどういう関係なのかしら?」
「子分みたいなもんだよ。この町は俺の庭みたいなもんだから、こいつらみたいのが結構いるんだ」
「やっぱり……。ねえ、それじゃあ……」
「そんなこと話してる場合じゃねえ!」
 フラットは今の状況を思い出し、男達に詰め寄る。
「お前ら、これはどういうことだ?」
「俺達もわからないんですよ。この女が剣を持ったら剣が光ったんです」
「この剣……。ニコルは持ってなかったが、お前らの剣か?」
「いえ……その……」
 二人はファースの方を見る。
「あの剣は私が持っていたものよ。あなた達が盗んだんでしょう?」
 ファースは二人に微笑みかけると、二人は無言でうなずいた。
「ファースさんから盗みを働くとは命知らずな奴らだ」
 フラットはあきれた顔をする。「まあ、今はそんなことはどうでもいい。なぜニコルがこうなったかだ。お前らがニコルに何かしたんじゃないだろうな?」
「兄貴、こいつを知っているんですか?」
「訊かれたことに答えろ」
「は、はい、何にもしてません。本当ですよ。信じてくださいよ」
「わかったわかった」
 フラットは二人を押さえる。「ファースさん、あんた何か知ってるんじゃないか?今までニコルにこんなことはなかった。ことと次第によったら、ニコルの恩人だって許さねえぞ」
 フラットはファースを睨み付けた。しかし、これに動じるファースではない。フラットに不適な笑みを返す。
「いいでしょう。教えてあげるわ。でもその前にニコルをこのままにしておく訳にはいかないでしょう」
「そうだな。どうすればいい?」
「早くどうにかしてよ」
「そうね。それじゃ早速……へっ?」
 ファースが顔を向けると、青白い顔をしたニコルのアップが目に入る。
「ギャー!」
 絹を引き裂くという表現とは程遠い悲鳴が町中に響いた。「び、びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだ。突然なんて声を出すんだ」
「振り向いたら青白い顔があったら、誰だって悲鳴くらい上げるわよ。ニコル、あんた正気に戻ってたの?」
「戻ったも何も、始めから正気だよ。それより、今の悲鳴で、あの人達逃げちゃったよ。追わなくていいの?」
「あー、いいのいいの。あの人達は関係ないから」
「全く、これしきのことで逃げ出すとは、肝の小さい奴らだ」
「でも、もしかしたらあの二人のどちらかがファースさんが探していた人かもしれないんだよ」
「えっ、それどういうこと?」
「だって、この剣を持っていたのはあの人達だし……」
「なんで、私の剣を持ってたら私の探している人物になるの。どっちにしろ彼らじゃないわよ」
「だいたい、あいつらニコルっていう名前じゃないぜ」
「そうか、私の勘もファースさんと同じで当てにならないね」
「聞き捨てならないわね。あなたの勘はどうか知らないけど私の勘は当たったわよ」
「ファースさんの勘?」
「その剣が反応を見せたのが何よりの証拠」
 ファースは、まだ、青白く光っている剣を指す。
「わ、私のこと?」
「そう、私が探していたニコルは、あなたのことだったのよ」
 と言うと、ファースは二人に笑みをこぼしたのだった。

14
「剣を突き立ててみなさい」
 ファースが言うと、ニコルは素直に従う。ニコルが剣を手から離すと、剣はまるで生きているかの様に、柄のほうから彫刻に覆われてゆく。しばらくすると、剣は鞘に収まった形になった。
「なんだ、こんな簡単なことだったんだ」
「もう、剣に触っても大丈夫よ。その剣は主人が離れたときしか反応を示さないみたいだから。しかし、まさか剣がこんな反応を見せるとは思わなかったわ」
「近くにいたから反応しなかったんだな」
「おかげで傍に居るのに気付かないで町中を探す羽目になるとは……」
 といいながら、ため息をつく。しかし、すぐに顔を引き締めた。「さてと、悔やんでる場合じゃないわ。フラット!」
 ファースは、戸惑い気味のフラットに声をかける。
「どうしてニコルがこんな目に会ってしまったか。それを訊きたいんだったかしら?」
 ファースが切り出すと、フラットはうなづいた。
「ニコルに何事もなかったし、ファースさんが言いたくなければ聞かなくてもいいけど」
「これからのためにも話しておいたほうがいいでしょう。この先、こういうことが何回起こるか分からないしね」
 と言うと、ファースは一つ咳をして、話し始めた。「ニコルの不可解な行動を起こさせた原因。それは、私の先祖に当たるマグナス・コルネッドのかけた魔法のせいなのよ」
「マグナス・コルネッド?」
 ニコルは呟くが、まるで思い浮かばない。
「まあ、今のあなた達位の人は知らなくて当然なのかな。約百年ほど前に実在した大魔法使いの名前よ」
「ちょっと待ってくれよ。マグナスって、あの賢者マグナスのことか?」
「あら、フラット知っていたの?」
「まあ、ちょっとはな」
「私は聞いたことないよ。そのマグナスって誰なの?」
「ティーン・エイジャー・ヒーローに出てくる賢者のことだよ」
「ティーン・エイジャー・ヒーロー?」
「お前、本当になんにも知らないんだな。酒場でよく、吟遊詩人が詠っている有名な伝説だぞ」
「その伝説の最後って知ってる?」
「最後か?……たしか勇者アレフと、魔王ロイドが相討ちになって、死ぬんだよな。だけど、魔王ロイドが死ぬ間際に別の姿となって蘇るって言うんだろ。勇者アレフもそれなら俺も転生してみせるとか言って、終わるんじゃなかったか」
「まあ、そんなところね。その後は?」
「その後って……。続きがあるのか?」
「当たり前でしょう。この伝説は実際にあったことなんだから。そうじゃなきゃリーンカーネーション・アレフやリーンカーネーション・ロイドの噂がここまで広がるわけないわ」
「待って、待って、待って。私何のことだか全然分かんないよ。なにその、ティーンとかリーンとか……」
 ニコルがわめき出すと、フラットが説明した。
「今までの話を整理するとだな、ティーン・エイジャー・ヒーローと呼ばれる伝説に勇者アレフと魔王ロイドっていうのがでてくる。その二人が伝説の最後のほうで、相討ちで死んじまう。だけど、二人は死ぬ間際に、自分達が転生するっていうんだよ」
「リーンなんとかは?」
「リーンカーネーション。転生っていう意味だよ。リーンカーネーション・アレフは、勇者アレフが転生した者で、リーンカーネーション・ロイドも、魔王ロイドが転生した者をいうんだよ」
「ふーん。ずいぶん詳しいね」
「常識だ、常識」
「説明は終わったかしら?」
 ファースが訊いてくる。
「だいたい分かった。続けていいよ」
「とにかく、二人の戦いを最後まで見ていた人物がいたのよ」
「最後まで?でも、アレフの仲間や魔王の軍勢はみんな死んだはずじゃ」
「それじゃ、この伝説はどうやって作られたのよ」
 ファースは苦笑いする。
「なるほど、言われてみれば……。じゃあ、最後まで見ていた人物っていうのは、賢者マグナスだったってわけか」
「その通り。よく分かったわね」
「話の流れからすぐ読み取れるさ」
「ファースさんの御先祖様ってすごい人なんだ」
「野望と平和を賭けた戦いを、自分は高みの見物とは趣味が悪いだけなんじゃねえか?」
 ニコルは感心するがフラットは鼻で笑う。
「中立を保って、手を出さなかったと言ってほしいわね。とにかく、二人はそう言って死んだのだけれど。このままじゃまずいことをマグナスは知っていたのよ」
「まずいこと?」
「ちょっと考えれば分かることなんだけど、魔王ロイドが死ぬ間際にそんなことを言ったのは、すでに転生の儀式を終えていたからなのよ」
「あっ、そうか。だけど勇者アレフが言ったのは、どう考えても負け惜しみとしかとれない」
「そういうこと。とにかく、何年後かに、魔王ロイドだけ復活されては、力のバランスが崩れると思ったのね。彼はすぐにその現場に行くと、二人に転生の呪文をかけたのよ」
「なんで魔王にもかけたの?」
「そうするしかなかったのよ。魔王がいつの時代に転生するのか分からないし、かといって、すでに魔王の転生は止められない。それなら同時に二人にかけてしまえば、魔王の転生は止められなくても同時代に勇者も転生させることができる」
「なるほど。マグナスさんって頭いい」
「まだ誉めるのは早い。さらにマグナスは彼らの剣に、ある魔法をかけたのよ。その剣の主人が持ったとき何かしらの反応を見せる魔法をね」
「その剣って……」
 話が突然核心にせまったので、フラットは思わずつぶやいた。
「最後まで聞きなさい。マグナスは二本の剣を持ち帰ると、二人の息子に受け継がせたの。いつか二人が転生した時、すぐに見つけられるようにね。百年後、私がそれを受け継いだのよ。そして、二人が転生したという事実を知り、彼女を見つけることができた!」
 ファースは、ニコルの両肩を強く叩く。
「もしかして……それって」
 ニコルは声を震わせる。
「剣が反応を示したのが証拠。ニコル!あなたが私の探していた人」
「私が……」
「リーンカーネーション・ロイドなのよ!」
「や、やっぱり!でも、そんな、私が勇者の生まれ変わりだなんて……えっ?」
 ニコルが照れ笑いをするが、次の瞬間笑いを凍りつかせた。
「今、なんて……」
「だから、あなたがリーンカーネーション・ロイドだったのよ」
「リーンカーネーション・アレフじゃなくって?」
 ニコルが訊くと、ファースは大きくうなずく。しばらく二人の間に沈黙が続いた。そして数秒後……。
「そんな、私が魔王の生まれ変わりだなんて信じられない。ううん、信じたくなーい!」
 ニコルはわめき出したのたのであった。

15
 次の日の昼過ぎ、フラットと別れた二人は宿屋に戻っていた。昨日の騒ぎはどこへやら、宿の中は平和に満ちている。
「なに、ボーッとした顔してるの」
 ファースが話しかける。しかし、ニコルは彼女の声が頭に入らないのか、ただ、じーっと剣を見つめてるだけである。
(昨日まで奴隷として売られそうだった女の子が、突然リーンカーネーション・ロイドだって言われても、信じられないのはわかるけど……)
 ファースは察すると、黙ってニコルの様子を見ている。しばらくすると、今度はニコルの方から話しかけてきた。
「昨日の話のことなんだけど……。あれ、本当に私なの?」
「信じられないのは分かるけど。紛れもなく本当のことよ」
「なんで私なんか……」
「そんな泣きそうな顔しないでよ」
 と言いながら、ファースは話す順序が悪かったなと後悔する。
「そんなに魔王の生まれ変わりが気に入らないの?勇者も魔王もあんまり変わらないと思うけど」
「すごく違う!」
「例えば?」
「世間の受けが違う。勇者だったら人々から崇められるけど、魔王じゃ恐れられるじゃないか」
「そりゃあ、そうだけど……」
 と言うと、ファースは突然ハッとする。
「な、なに?」
「昨日ニコルを見つけてから、なにかおかしいとは思ってたんだけど。やっと分かったわ。ニコル、あなた覚醒してないじゃない」
「覚醒?なにそれ」
「前世の記憶や人格を思い出すことよ。思い出してないでしょう?」
「思い出してない。でも、そんなこと思い出すものなの?」
「思い出さなきゃ転生した意味がないでしょう。まあ、魔王の人格から考えても、覚醒したら世間体なんて気にしなくなるわよ」
「そういう問題じゃない!だいたいファースさんは、私を探して、私に何をさせようと思ってるの?それとも、覚醒する前にどこかに閉じ込める気?」
「別に何も思ってなんかないわよ。賢者マグナスの遺言は、リーンカーネーション・ロイドを見つけだし、力を暴走させぬよう、監視せよってことだけだもの。監禁しようだなんて、ニコルが言うまで思いもしなかったわ。それとも監禁されたい?」
「え、遠慮しとく」
「そんなことしないから安心しなさい。今までと同じ生活を送ってもかまわないわよ。もちろんリーンカーネーション・ロイドということを伏せたければ伏せてもいいし」
「でも……」
「でも?」
「これからどうしようか?私、住む場所すらないんだけど……」
「それなら心配いらない。最低限の生活は保障するわ。その上で、働いてもよし、寝て暮らしてもよし」
「本当?」
「本当よ。そのかわり、私も一緒にいることになるけど」
「そんなの全然かまわない。これからのことすごく心配だったんだ。とりあえずこれで一安心」
 ニコルはほっとした顔を見せる。ファースもニコルの様子をみて、私の旅もこれで終わりかなと思っていると、
「ファースさん。いますか?」
 という声が部屋の外から聞こえてきた。
「サペリアさんね。入っていいわよ」
 ファースが言うとティー・セットを持ったサペリアが入ってくる。
「お茶でもご一緒にと思ったのですが」
「うれしい!ちょうどお茶が飲みたいと思ったんだ」
 ニコルが飛びつくように同意すると、
「あなたは年中そう思ってるでしょう」
 ファースが苦笑いをする。かくして、二人はサペリアの誘いを受けたのだった。
「昨日は驚きました。」
 サペリアは紅茶を注ぎながら切り出してきた。
「何が?いっぱいありすぎて、どれのことか……」
 ファースがいうと、サペリアはクスクス笑う。
「そうですね。確かにいろいろありましたけど、特に驚いたのは、ニコルさんが夜中に突然飛び出したことですね」
「そうね。あの時は私も何が起こってたのか分からなくなったわ」
「でも、さすがファースさんの弟子だけありますね」
 突然サペリアが感心したように言う。
「弟子って……。私、別にファースさんの弟子じゃないよ」
 ニコルが怪訝な顔をして言う。
「とぼけても無駄ですよ。昨日、魔法を使って見せたじゃないですか」
「私、魔法なんか使ったことないよ」
「使ってましたよ。空中浮遊の魔法」
「本当?」
「昨日ニコルさん、寝ながら宿を飛び出した時、そこの窓から飛び降りたんですよ」
「三階から……」
「その時、ニコルさんがゆっくりと地面に降りたんです。無意識に魔法を唱えたんじゃないんですか」
「へーっ、私が無意識に魔法をね」
 ニコルもサペリアに言われるとそんな気がしてくる。
「サペリアさん。勘違いしてるわよ。」
 ファースが二人の会話に割り込んできた。
「間違ってました?」
 サペリアは、キョトンとした顔をする。
「ニコルは私の弟子じゃないし、魔法なんか全然使えないわよ。ニコルが突然寝ながら宿を飛び出したのも、宙を浮いたのも、私が持っていた剣の魔法が……」
「ファースさん、魔法の剣なんて持ってたんですか?」
 と、サペリアは驚きの声を上げた。
「……持ってたんです。ニコル、サペリアさんに見せてあげて」
 話が中断されたせいか、ファースは不満気な顔をしながら言うと、ニコルはベッドの上の置いてある剣を取り、サペリアに手渡す。
「こ、この剣は……」
 突然サペリアの顔が引き締まる。
「どうしたのサペリアさん」
 ニコルが訊くと、サペリアはファースに顔を向ける。
「ファースさん、この剣を私に預からせていただけませんか?」
「えっ、突然何を……」
 ファースはサペリアの突然の申し出にとまどう。
「この剣が魔王ロイドが持っていたと言われる、呪われた剣だからです」
 サペリアは言ったのだった。

16
「呪われた剣とはいえ、突然、剣を預からせてと言われても、不審に思われるでしょう」
「突然じゃなくても、不審に思うけどね」
「そうですね。それでは理由をお話します。ファースさん、昨日の夜、私の旅の目的をお話しすると言ったのを覚えていますか?」
「そういえば、そんなこと言ってたわね。ニコルのせいでうやむやになったけど……」
「その話、この剣を預からせてもらう理由を兼ねて、今、話させていただきます。私の旅、それはリーンカーネーション・ロイドと呼ばれる人を探しだす旅なのです」
「えーっ!」
 ファースとニコルはそろって声を上げた。
「そ、そんなに驚かなくても……」
「なんで、リーンカーネーション・ロイドなんか」
 ニコルが嫌そうな顔つきで訊く。
「リーンカーネーション・ロイドを知ってるということは、リーンカーネーション・アレフも知っていますね」
「ええ、もちろん知ってるわ」
 ファースは大きくうなずく。
「それなら話が早い。私がその、リーンカーネーション・アレフなのです」
「えっえーっ!」
 二人はさらに大きな声を上げた。
「し、信じられないのは分かりますが、そんなに驚くことですか?」
 サペリアが耳を塞ぐ。
「本当?本当にサペリアさんがリーンカーネーション・アレフなの?」
 ファースがサペリアに詰め寄った。
「証拠になるかどうか分かりませんが……」
 サペリアがいいながら右手を前に出す。数秒後、彼女の手に剣が握られていた。
「その剣は確か昨日持っていた」
「すっごーい。それどんな魔法?」
「私の魔法じゃありません、この剣にかかっている魔法です」
「まさかその剣……」
「勇者アレフの剣です。リーンカーネーション・アレフしか扱えないと言われています」
「つまり、サペリアさんがアレフの剣を扱えるということは、サペリアさんがリーンカーネーション・アレフだという証拠だと……」
「信じられないかもしれませんけど」
「信じるわよ証拠があるんだから」
 ファースが言うと、サペリアは驚いた顔をする。
「どうしたの?」
「いえ、今まで、こんな話をしても信じてくれる人なんていなかったものですから、びっくりしたんです」
 ファースは苦笑いをする。(確かに伝説の裏話を知らない人間が突然こんな話を聞いても信じられないだろうな)
 「それで、リーンカーネーション・アレフのサペリアさんが、リーンカーネーション・ロイドを見つけてなにするつもりなの?」
「アレフが転生した理由はただ一つです」
「転生した理由?」
「前回の戦いでつかなかった決着をつけることです」
「つまり殺すってこと?」
「それも運命。仕方のないことです……ニコルさん!」
 サペリアが驚いた声を上げる。ファースが振り向くとそこには気絶しているニコルの姿があった。
「ちょっとした発作なのよ心配しないで」
 ニコルが気絶した原因を知っているファースがサペリアを止める。
「そうですか……。とにかくそういう理由で、リーンカーネーション・ロイドを見つけなくてはいけないのです。先程も言いましたが、この剣はロイドの持っていた剣です。リーンカーネーション・ロイドなら、自分の使っていた剣を覚えているでしょう?つまり本物のリーンカーネーション・ロイドを見分けるのには、一番の手がかりになるんです。お願いです。ことが済みしだいお返ししますから、私に預からせて下さい」
「そうは言ってもねー」
 ファースはちらっと、気絶しているニコルを見る。
(ここで間違った選択をすると、サペリアさんに、ニコルがリーンカーネーション・ロイドだということがばれてしまう。サペリアさんの言い方からして、その時点でニコルを殺してしまうだろうし……)
「サペリアさん……。悪いんだけどこの話は受け入れられないわ」
「なぜです?理由を教えてください」
「理由?それはその……」
 ファースは必死で理由を考える。「り、理由は私達が探している人も、リーンカーネーション・ロイドだからなのよ」
「えっ!」
 サペリアは小さく驚いた。「ファースさん達も……そうだったんですか」
「サペリアさん、この剣が呪われた剣だって言ったわよね」
「ええ、確かに言いましたけど……」
「実はニコルが呪われているのよ」
 ファースは真面目な顔つきで言った。
「ニコルさんが?」
「魔王ロイドのかけた呪いだとは知らなかったんけど……、とにかく呪いを解くには持ってた本人に聞くのが一番でしょう?」
「それはそうですが……でもいったいどんな呪いを?」
「実は……」
 ファースが言おうとした時、突然ドアが開いた。
「こんちわ、ファースさんいる?」
 フラットが顔を出す。
「フラットか、今忙しいから後で……」
 と言ったところでファースの顔が凍りついた。(昨日、サペリアさんはフラットを探していると話していた。そして、さっきの話である。サペリアさんがフラットのことをリーンカーネーション・ロイドだと思っているのだとしたら……)
「フラット……さん?」
 サペリアは呟いた。
「あれ?お客さんがいたの」
 フラットは言うと、サペリアの方を見る。
「へーっ。ファースさんの知り合いにこんな美人がいたとは」
「こ、光栄です」
 サペリアは呆然としながらも返事をする。
「あの……。今、ファースさんがあなたのことをフラットさんと呼びましたが……」
「俺の名前だけど……。それが?」
「サ、サペリアさん。彼はその……」
 ファースが説明をしようとするが、すでにサペリアの耳には届いていない。サペリアは眼鏡を掛け直すと、持っていた剣をフラットに見せた。
「この剣に見覚えがあります?」
「剣?突然そんなことを言われても……」
 フラットは突然の質問に戸惑いながらもサペリアから受け取った剣を見る。「あれ、この剣は……」
「ご存じなのですね」
 サペリアの顔つきが変わる。
「ああ、よく知ってるよ。だってこの剣、ニコルが……」
「ついに見つけました!リーンカーネーション・ロイド!」
 サペリアは突然叫ぶと、自分の剣を構え、フラットに切りかかった。だが、ファースの方が反応が早かった。すかさずサペリアに飛びかかる。
「ファースさん!な、何を……」
「フラット!ここは逃げなさい」
 ファースが叫ぶ。突然のことに呆然としていたフラットも、ここはまずいと思ったのだろう。言われるまま、宿の外へと走り出す。すかさず、サペリアも追いかける。さらに、ファースも宿の外へと走り出し、決着の舞台は外へと移ったのであった。

17
「おい!あんたなにか勘違いしてないか?」
 フラットが走りながら叫ぶ。「俺はあんたなんか見たことないし、ましてや襲われる覚えは……」
「とぼけても無駄です、リーンカーネーション・ロイド!剣を構え、私と勝負しなさい」
「いったい何なんだよ」
 フラットは呟いた。すでに、フラットが追いかけられて数十分の時が発っている。
「あれ、フラットの兄貴じゃないですか」
 フラットの弟分がフラットに気づき声を掛けてくる。「どうしたんです?そんな汗だくになって走って」
「うるせえ!今はてめえの相手をしてる暇はねえ」
 と言うと、フラットは町の奥へと走って行く。男はフラットを見送っていると、その後にサペリアがそしてファースが男の前を通過した。
「今の二人は昨日の恐いねえちゃん達……。もしかして、昨日の事件のことで兄貴が?そうだとしたら兄貴が殺されちまう」
 そう呟くと、男はあわてて持っていた笛を吹きながら、フラット達を追いかけ始めた。
「あれ?この笛の音は……。全く、こんな時に……」
 フラットは呟いた。笛の音に気をとられたせいだろうか、フラットの走る速度がやや落ちる。数秒後、フラットはサペリアの攻撃距離に入ってしまった。
「とらえた!」
 と言うと、サペリアは剣を一振りさせる。剣の軌跡は衝撃波となり、フラット足に襲いかかった。フラットは悲鳴を上げると、その場でうずくまる。
「やっと追いつきました。覚悟してもらいますよ、リーンカーネーション・ロイド!」
「待てよ!俺はリーンカーネーション・ロイドじゃねえぞ」
「なにを今さら……、調べはついているのですよ。あなたがリーンカーネーション・ロイドだとね」
「調べだと……」
「皆さんが言ってましたよ。この町では有名みたいですね」
「どこでそんな話を聞いたか知らねえが、噂を信じるもんじゃないぜ。そんなもん信じてたら、何人のリーンカーネーション・ロイドが見つかるか分かりゃしねえ」
「私もそこまで馬鹿じゃありません。ちゃんと本人に確かめています」
「なんで、俺の時は確かめないんだよ」
「確かめたではありませんか。その剣、あなたの剣を見せて……」
「へっ?俺の剣……」
「その剣は魔王ロイドが持っていた剣。リーンカーネーション・ロイドならその剣を初めて見ても知っていると答えるでしょう?」
「な、なに言ってんだよ。俺はこの剣を見たのは二回目だ!」
 フラットは反論する。「この剣、ファースさんが持っていた剣だろう。昨日、ファースさんに見せてもらったんだよ」
「そういえば……」
 サペリアはハッとする。「あなたは、ファースさんとお知り合いのようでしたね」
「その通り。それに、剣を知ってるからリーンカーネーション・ロイドだって言うのもおかしいぜ。その剣欲しさに、知ってると嘘つく奴だっているかもしれねえじゃねえか」
「確かに…てその通りですね。どうやら、私の考えが浅かったみたいです」
 と言うと、サペリアは剣を下げた。
「だいたい、見当違いもいいところだ。本物のリーンカーネーション・ロイドは俺じゃなくってニ……」
 突然、フラットが吹っ飛ぶ。
「ごめんなさい。手が滑っちゃった」
 ファースが笑いながらフラットに走り寄ってきた。
「ふざけるのもいい加減にしろよ!どう手が滑ったら、エナジー・ボルトが俺にあたるんだよ!」
「ふざけてんのはあなたよ」
 ファースは言った後で声を潜めた。「あなた今、ニコルがリーンカーネーション・ロイドだって言おうとしたでしょう。ニコルをあなたみたいな目に合わせたいの?」
「あっ、そうか」
「とにかく、サペリアさんには内緒にしといてよ」
「サペリア?」
「目の前にいるでしょう」
「ああ、あの娘か」
「あの……今、フラットさん何か言おうとしてませんでした?」
 サペリアが訊いてくる。
(ちっ、ちゃんと聞いていたか……)
 ファースはサペリアに作り笑いを見せる。
「フラットは本物のリーンカーネーション・ロイドなら、自分じゃなくって、ニヒルな男に決まってるって言おうとしたのよ」
「何だよそれ?まるで俺がニヒルじゃないみたいな……」
「そうよね」
 サペリアの死角になるようにフラットにオレンジ玉を見せる。
「……そうです。」
「そうでしたか……」
 サペリアはがっかりしたようにため息をついた。ファース達がほっとしていると、「兄貴ー!助太刀にきました」
 かけ声とともに五十人は下らない人だかりがファース達のところに向かってくる。
「なに、あの人達」
 ファースが言うと、
「まさか、さっきの笛の音は……」
 フラットが呟く。
「フラット!何か知ってるの」
「緊急集合の合図があったんだよ。もし、俺を助けるための緊急集合だとしたら……」
「いくらなんでも、あの人数は相手してられないわよ。逃げるのが得策かしら」
「俺が説得してみるよ。リーンカーネーション・ロイドではないにしろ、あいつらを黙らせる力くらいあるぜ」
 フラットは二人の前に出る。「お前ら、全員止まれ!」
 フラットが怒鳴ると、人波が止まる。「あ、兄貴。無事だったんですか」
「ああ、大丈夫だ」
「俺達、兄貴の危機だってんで集まったんですよ。あの恐いねえちゃん達とはいえ、この人数でかかれば……」
「待て待て、俺の話を……」
 フラットが説得しようとすると、突然、人だかりの中からフラットに襲いかかるものがいた。彼女はフラットを蹴り倒すと剣を奪い取る。
「フーッ。やっと止まった」
 ニコルは腕で額の汗を拭う。
「フラットの兄貴!」
 フラットの弟分達がフラットとニコルを取り囲む。
「えっ?フラットって……」
 ニコルは戸惑いの顔で、踏みつけている男を見る。「フ、フラット!なんでフラットがこんなところに?」
「駄目だ失神している。てめえ、フラットの兄貴に蹴りを入れるとはいい度胸してるな」
「別にやりたくてやったわけじゃ……」
「うるせえ!フラット兄貴の仇だ。みんなやっちまえ」
 それを合図に、男達が、ニコルに一斉に襲いかかった。しかし、次の瞬間剣が青白い閃光を放つ。突然のことに驚いたのか、男達の動きが止まる。
「フラットごめん」
 と言うと、ニコルはチャンスとばかりに、逃げ出した。
「あっ、待ちやがれ」
「待ったら、殴るからやだよ!」
「ニ、ニコル!なんであなたがここに?」
 ファースが声を掛ける。
「ファースさん!分かんないよ。また剣が反応して……」
「あっ、なるほど……。ちょっと!こっちに走ってこないでよ」
「そんなこと言わないで助けてよ」
「フラットを失神させたのはあなたでしょう……こりゃ駄目だ、サペリアさんここは逃げよう」
「その方がいいみたいですね」
 三人は走り出した。
「ニコルさん」
 サペリアは逃げながら話しかける。
「サ、サペリアさん!」
 ニコルは声をびくつかせる。
「さっきの光はニコルさんが?」
「それは……その。」
「そうでしたか。あれが剣の呪いだったのですね」
「へっ、剣の呪い?」
 ニコルがキョトンとした顔をしていると、ファースが慌ててニコルを押し退けて割り込んだ。
「そ、そうなのよ。全く、ニコルの剣の呪いにまいっちゃって……」
「ファースさん、突然何を……」
「ニコル。あなたは剣の呪いにまいってる。そうよね」
「そ、そういえばそんな気がしてきた……」
 ニコルは苦笑いをした。
「サペリアさん。今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ。とにかく、後ろの連中を巻かないと」
「そ、そうだよ。ただ逃げてるだけじゃ、いずれ捕まっちゃうよ」
「とりあえず、町の外へでてほとぼりが覚めるまで野宿するか……」
「私はこのまま旅に出ます」
「サペリアさん、顔の割には思い切ったこと言うわね」
 ファースは驚きながら言った。
「どうやら、この町にはリーンカーネーション・ロイドがいなかったようですし、もう用がありませんから。そうだ、ファースさん達もいっしょに行きませんか?」
「へっ?」
「探す人間が多ければそれに越したことはないでしょう?」
「そりゃあそうだけど……。分かったわ、一緒に行きましょう」
 ファースはにやけぐそぎみに承諾した。
「わ、私はやだよ!ファースさん今度は誰を探すって言うの?」
「リーンカーネーション・ロイド」
 ファースがさらっというと、ニコルは呆気にとられた顔をする。
「あの、ファースさん?今、なんて……」
「リーンカーネーション・ロイドだって言ってるでしょう!つべこべ言ってるとあなたを後ろの男達に投げるわよ」
 ファースは怒鳴りつけたのだった。

エピローグ
「私、いったい何やってんだろう」
 ニコルは呟く。町を出てすでに三日目の朝である。結局、ファース達は宿に急ぎ戻り、荷物を抱え、そのまま町を出ていったのである。よって、フラットがあの後どうなったかは全く分からない。
「まだそんなこと言ってるの。なかなか、あきらめ悪いわね」
 ファースがしらけた顔をする。
「だって、本当なら私は平々凡々な年金生活を送っていたはずなんだよ」
「年金生活?」
「聞き流していいよ。とにかく、リーンカーネーション・ロイドはここにいるんだよ。どこを探そうって言うの」
「確かに、このまま旅を続けても永遠に見つかることはないけど」
 ファースは言った。ちなみにサペリアは、朝のお祈りの最中で、二人は席を外したのである。そうでなければ、こんな話などできっこない。
「ファースさんが悪いんだよ。サペリアさんに変な嘘をつくからこんな目に……」
「それじゃ、あの時ニコルがリーンカーネーション・ロイドだってばれても良かったの?そんなことになったら、あなた絶対殺されてたわよ」
「だからって、もう少しましな嘘をついてくれれば……」
「それは、そうだけど……」
 ファースが言うと、ニコルがニヤッする。「で、でもあの時は嘘でもつかなきゃ剣を持っていかれそうだったんだから」
「そうやって、すぐごまかす」
 ニコルはしかめっ面になった。
「なんか、引っかかる言い方ね」
「だって、あの時のファースさん、少し様子が変だったんだもん」
「あの時?」
「サペリアさんに一緒に旅しようって言われた時、断ろうと思えば断れそうだったのに簡単に承諾したじゃない。ファースさん、実は旅を終らせたくなかったんじゃないの?」
「な、なにを突然……。でも、言われてみればそうかも知れないな。ニコルを見つけるまでの三年間、結構楽しかったからね」
 と言うと、ファースは微笑んだ。「平凡な生活もいいけど、旅をするというのもなかなかいいものよ」
「そんなもんかなあ」
 ニコルが考え込んでいると、
「何がそんなものなんです?」
 突然サペリアが声を掛けてきた。
「サ、サペリアさん!いつからそこに?」
「ついさっきです。お祈り済みましたよ」
「そう……。ねえ、サペリアさん。旅をしていて楽しい?」
「旅をしていてですか。そうですね、いろいろなことがあって退屈に感じたことはありませんけど」
「そうか。退屈はしないか……」
 ニコルは考え込んだが、吹っ切れたのだろう、表情が明るくなった。「よし、サペリアさん。次の町に向かおう。リーンカーネーション・ロイドを早く見つけないとね」
「その通りです。そして、真の平和を築きましょう」
 二人は足取りも軽く歩き始める。
(終わることのないことが分かっている旅の始まりか。ニコルじゃないけど、本当に私達、いったい何やってんだろうね)
 ファースは二人の姿を見てクスッと笑ったのであった。

(リーンカーネーション・ロイド完)










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